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壊れた時計

 

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

先日、義父の腕時計が止まり、

電池の入れ替えを頼まれました。

あいにく本体が壊れていて、

修理が出来ないとわかりました。

 

私は義母の時計のことを思い出しました。

使われないまま遺っていました。

義父は軽いのが使いやすいと、

婦人物の黒ベルトの時計を愛用していました。

義母の時計のベルトを替えてみてはと

時計店に持ち込んでみました。

 

あいにく、こちらの時計も壊れていて

修理が出来ないことがわかりました。

あれから、17年もの歳月が流れていました。

まだ私の手元に遺されていた義母の腕時計。

私の記憶の中に鮮明に蘇るシーン。

幼い子供たちと食事に出る時に、

いつも綺麗に装っていた姿が

目に焼き付いています。

歳を重ねても、お洒落を楽しむって素敵なこと。

私もその心意気をお手本にしよう。

 

「使う?」「使わない?」の問いに、

私も娘も「使わない」の答えを出したのは、

自分の選んだ時計を使いたかったから。

義母にしっくりくる時計が

私も娘も自分が使う姿がしっくりこないと

いう感じがしました。

答えは出ているのに捨てなかったのは

「どうして?」と思うのだけど。

 

思い出に引っ張られてる?

「捨てる」のも忍びないような罪悪感?

 

いよいよ壊れ捨ててもいいよ、と許可が降りて尚、

ここに気持ちを記してみようと思い立ったのは

どうしてでしょう。

解放へ向かう道も足どり重しでしょうか。

 

「モノ」に力があるのか、

「思い込み」の癖なのか、

「他人軸」に引き込まれているのか。

 

断捨離的に、自分を探ってみたりして。

 

もう一歩踏み込むことにして

自分の記憶を遡ってみました。

 

当時の私は、

ブレスレット状になっている形状を

女性らしいと思うと同時に

自分の好きなものを身につけている義母と、

私の母の姿を比べていました。

 

私と、この義母の時計との関係性を

探ってみると、思いつく言葉が

「リスペクト」「自立の象徴」

殆ど、義母の物の整理は終わっていて

遺っている物は僅かです。

使わないのに、要らないのに

次の行動を止めていた気持ちに

気づくことができました。

家庭に入っても、自立して自由でいる

自分の軸を持っていたいという

私の中の大事にしたい気持ちに

あらためて気づけたことは

収穫でした。

 

はじめに白い台の上で写真を撮りました。

言葉を綴っていくと、儚い感じで

次の行動が止まってしまう違和感がありました。

 

私のお気に入りの布の上に乗せて

撮り直してみました。

ブレスレットの形状を

私が「可愛らしい」と思った気持ちを

映し込めたでしょうか。

 

もやもやとした霧が晴れて、

なんだかすっきりした気持ちになれました。

 

向き合ってみて

綴ってみて

表現してみて

 

モノとの関係性の紐解き終えました。

答えが出たので、

この気持ちを大事にすることにしたら

スムーズに「出す」準備も整いました。

 

 

義父には、

新しい婦人物の黒ベルトの時計を買いました。

「大きな男物の時計の方が見やすいのでは?

チラシをお持ちになりますか?」

と店員さんのお勧めもありました。

電話して確認したところ

「小さい方がいいよ。

鞄に掛けて邪魔にならないんだよ。」

と即答。

 

90歳を超えて尚、義父の決断は早いです。

自分の軸が明確です。

ここは、私も見習うこととします。

 

久しぶりの更新は、長くなりましたが

断捨離後、風穴の開いた我が家から。

書いて踏ん切りをつけてみようという

out and inのお話。まだまだやってます。

 


 

 

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